梅本智文さん梅本 智文[うめもと ともふみ]

野辺山宇宙電波観測所 主任研究員

福岡県生まれ。東北大学大学院博士課程修了。理学博士。日本学術振興会特別研究員(91-93)、国立天文台野辺山宇宙電波観測所研究員(93-95)、国立天文台COE研究員(95-96)を経て、国立天文台電波天文学研究系助手に(96-04)。04年4月から国立天文台野辺山宇宙電波観測所主任研究員。専門は電波天文学、星形成。

梅本真由美さん梅本 真由美[うめもと まゆみ]
 
天文台マダム

長野県生まれ。NTT勤務を経て広告代理店NTTメディアスコープへ。編集、マーケティング、ホームページの企画制作等を担当。結婚後は専業主婦となる。妻の視点から天文学者の生態をユーモラスに描いたホームページ 「天文台マダム日記」を好評配信中。これまでに月刊うちゅう(大阪市立科学館発行)、月刊天文ガイド(誠文堂新光社)に執筆している。

今日のホスト、ゲストのご紹介

小野:みなさんこんばんは。お飲み物をお持ちでない方は、後ろの方でお飲み物を・・・お好きなものをお取りください。お待たせいたしました。アストロノミー・パブの本日のタイトルは「天文台マダムが見た天文学者」〜天文学者は命をかける〜・・・というサブタイトルがついていますが、いったい何に命をかけるんでしょうか。(笑)本日のトークのお楽しみですね!
本日、司会を務めさせていただきます、国立天文台の小野と申します、どうぞよろしくお願いいたします。(拍手)本来ですと、店主の縣が仕切るところなんですが、本日は都合がありまして残念ながらお休みです。
それでは、本日のトークのホスト・ゲストをご紹介いたしましょう。野辺山宇宙電波観測所主任研究員の梅本智文さんと、国立天文台のホームページよりも詳しいと言われ、「影の天文台ホームページ」とも言われる「天文台マダム日記」を作っていらっしゃる梅本真由美さんのご夫妻です。では、お2人・・・どうぞ!

(梅本ご夫妻、入場・拍手)

小野:人前でお2人並ぶのは、結婚式以来とおっしゃっていましたが?(笑)

梅本智文(以下、「梅本」):そうなんです。(笑)

小野:では、フレッシュな気持ちで(笑)、よろしくお願いします。

梅本真由美(以下、「マダム」):よろしくお願いいたします!

梅本:皆様、はじめまして。国立天文台野辺山の梅本智文と申します。案内では私が講師で妻が対談者・・・となっていますが、実は反対ですよね。(笑) あ…ギャラも妻の方へ行くみたいですので。(爆笑)それはさておき・・・まずは、妻をご紹介いたします。「天文台マダム日記」作者の梅本真由美です。(拍手)

マダム:こんばんは、はじめまして。梅本真由美と申します。普段はホームページを作ったり、文章を書いたりという顔が見えない活動をしているのですが、今回、こうして皆様の前に出させていただくのは初めてのことなのでドキドキしています。どうぞよろしくお願いいたします。(拍手)

梅本:さっそく始めましょうか。今日のテーマ「天文台マダムが見た天文学者〜天文学者は命をかける〜」ということですので、お話をマダムの方に振りましょう!

マダム:(えっ?という表情で梅本氏の顔を見るが)では、私の方から。(笑) 5年ほど前に「天文台マダム日記」というウェブページを立ち上げまして、妻の視点から見た天文学者の姿ですとか、国立天文台の特別公開日の攻略法など、国立天文台に関する、ちょっとディープなエッセイを綴っていましたところ、大変ありがたいことに多くの方から反響をいただきまして、いつの間にか本名はすっかり忘れ去られてしまい、「天文台マダム」と呼ばれるようになりました。

梅本:今、何万ヒットでしたっけ?

マダム:おかげさまで・・・23万3000ヒットです。(参加者から、おぉ〜!と、どよめき)来週の22日(2007年2月22日)がちょうど5周年です。

梅本:ちなみに、私、ホームページを作って12年になるんですが、せいぜい8000ヒットくらい(爆笑)・・・笑っていただきましてありがとうございます。

本日も華やかなゲスト☆

梅本ご夫妻登場!

マダムのホームページ↑マダムのホームページ

梅本智文さんのホームページ↑梅本智文さんのホームページ

天文学者のお仕事

マダム:私は独身のころは、天文学どころか理系とは無縁の世界におりましたので、お友達も皆、文系の方ばかりなんです。「天文学者と結婚した」というと、たいへんびっくりされます。まず天文学者という人種自体が少ないですし、珍しいですよね?

参加者の国立天文台渡部潤一助教授(以下、「渡部」):絶滅危惧種?(爆笑)

マダム:(笑)でも、その割には、天文学者という言葉を知らない人は少ないですよね?子どもでも知っていて、天文学者と言えば「ああ、星を研究する人なんだね」と。でも、どうして「星を研究する」ことでお給料が頂けたり、生活が成り立ったりするのか、普段どんなふうにお仕事しているのかは、意外と知られていません。身近に研究者の方がいらっしゃれば別ですけれど、私の場合、全くベールの向こう側の世界でした。ですので、主人の方から、そのあたりについて話してもらおうと思います。

梅本:ご存知の方もいらっしゃるかとは思いますが・・・天文学者にもいろいろありまして、民間の天文台とか、別の仕事をしながら天文研究をしていらっしゃる人もいますが、ここでは「天文学者」は国立天文台や大学で天文学を研究している人、ということでお話します。まず、どうやって生活しているかですが、天文学者といえども霞を食って生きているわけではありません。(笑) 私は国立天文台の職員で、国立天文台からお給料をいただいています。その国立天文台は皆様の税金によって運営されている組織です。ということは皆さんからお給料を頂いているわけですよね。

マダム:我が家の一家の暮らしは皆様によって支えていただいているということになりますね。(爆笑)

梅本・マダム:ありがとうございます!!!(おじぎ)

(会場大爆笑・拍手)

マダム:(梅本氏を見て)あなたは、観測に行ったり、論文を書いたり、学会とか講演とか、色々な形で仕事に出かけて行きますけど、天文学者のお仕事の一連の流れをサッと紹介してもらえませんか?

梅本:一言で言えば、1つの天文学的な成果を論文の形にまとめる、ということになります。私の場合は、電波望遠鏡を使って観測することによって新たな事実を発見する、ということになりますね。観測する望遠鏡を使うためには、手続きがあります。誰でも自由に使えるわけではないので、まず「プロポーザル」というものを書きます。「私はこういう新しい観測をして、こういうことを知りたい」という科学的な意義を書くわけです。ただし観測時間には限りがあって、全ての人が観測できるわけではないので、プロポーザルを出した時点で厳しい審査があります。たとえば野辺山の45m電波望遠鏡の場合は、現在でも3倍〜5倍くらいの倍率がありまして・・・「すばる」だともっとですよね?10倍くらいですか?

渡部:・・・7倍くらいかな?

梅本:あ、7倍くらいですか。そういう高い倍率の競争を勝ち抜いて、めでたく審査が通れば、晴れて観測ができるわけです。

マダム:「晴れて」って言いましたけど、それは雨が降ると観測できないということですか?(笑)

梅本:・・・いや、これは冗談じゃなくて、本当にそうなんですね。苦労してプロポーザルが通って「観測時間」を頂いたとしても、実際に雨が降ったり、野辺山の場合ですと実は、風が吹くと全然ダメですね。時間がもらえても結果として観測がキャンセルになってしまえば、また一からやり直しです。何とか、天気が良くて運がよければ貴重なデータを得ることができまして、データの解析をして論文にまとめることができます。論文にまとめるときも、自分ひとりでやるわけではなくて、共同研究者の人がいます。共同で研究を進めて行くわけなので、共同研究者とのかなりシビアなやりとりがあって、最終的に専門の学術雑誌に投稿して、掲載されれば、晴れて成果が公になる、ということになります。

マダム:その共同研究者の方々が、ときどき我が家に飲みにいらっしゃるんですけれども(笑)そうやって「飲みにケーション」を深めるのも、大切なことなんですね?

梅本:ハイ・・・(笑)

マダム:と、いうことです。「天文学者」という言葉に対するイメージってあると思います。天文学者と結婚したというと、友達から「ロマンティックね」とか「夢があっていいわね」とか、どちらかというと優雅なイメージで言われることが多いです。でも、実際はもっと泥臭い(笑) というと何ですけれど、そういう部分があるかなと。人と人、共同研究者の方との関わりも大切ですし、自然相手のお仕事なので、どこに行っても天気が悪くなったりすると「45m(望遠鏡)大丈夫かな〜?」といって気にして、まるで自分の子どもを心配するみたいに望遠鏡のお守りをしています。


野辺山45m電波望遠鏡↑クリックで拡大

参加者のみなさん

天文学者の妻になる方法

マダム:天文学者にはどうしたらなれるんですか、という質問もよくいただきますが・・・?

梅本:講演をやったりすると若い人から「どうやったら天文学者になれますか?」という質問を受けます。一言でいうと、「ずっとその夢を持ち続けること」と答えるのですが、じゃあ、どうやって勉強したらいいか、と聞かれると「数学と英語はやっておきなさい」と言います。(笑)まあ、それはよく言われることですけれどもね。それよりも皆さん、「天文学者の『妻』になるためにはどうしたらいいか」を聞いてみたいと思いませんか?(爆笑)ということで・・・(マダムに)どうですか?

マダム:天文学者の・・・妻ですね。困りましたね・・・んー、どうやって出会ったの?というなれそめをよく聞かれるんですけれど・・・ここで詳しく話してしまうと、1冊の本になるくらい長くなってしまうので(笑)省略しますが、一言でいうと、野辺山の特別公開日の時に説明をしていたのが彼で、お客さんで聞いていたのが私、という関係です。こういう方って他にもいらっしゃるのかな〜と思っていたのですが、たいへん稀なケースだということがわかりました。私のように星に興味があって、天文学者の話を聞きに行って結ばれたという方は、天文台広しと言えども・・・あと1人くらいしか知りません。どちらかというと、皆さん、星とか宇宙が好きというよりも、学生時代からお付き合いがあって結婚した、とか、あとは・・・

梅本:教授の紹介とか。(笑)

マダム:教授の紹介・・・で思い出しました、音大出身者が多いですよね?

渡部:あ〜いるいる・・・。
(場内「えー!」という声)

梅本:私の周りにもですね、奥様がピアノの先生っていう人(指折り数える)、けっこう多いんですよ。確かに、天文学と音楽ってウマがあうのでは、と思っています。

マダム:ワタクシ、「のだめカンタービレ」というマンガを愛読しているんですが(笑)その最新巻に、いいページを見つけました。「ハーモニー」について書かれているんですが、『神の作った世界の調和を知るための学問が、天文学、幾何学、数論、音楽だったのだ』というところがあって、天文学と音楽が同列に並べられています。『本来、音楽とは調和の根本原理そのものを指していて、理論的に調和の真理を研究することが「音楽」だった』とも書かれていて、私はこれを読んでとっても納得したというか、腑に落ちた感じがしました。・・・と、いうことで、天文学者の妻をめざす方、まずはピアノなどを・・・(爆笑)



まずはピアノから!?

天体物理学者・観測天文学者・電波天文学者

マダム:では、次の話題に行ってみたいと思います。天文学者と一口に言いますけれど、天文学者の中にもジャンルがあるようですね。・・・どんな感じか教えてもらえますか?

梅本:天文学を研究する研究者を一般的に「天文学者」と呼んでいますが、特に「宇宙論」という部類の研究をする方を「宇宙物理学者」と呼ぶことがあります。基本的には天文学者は一応、物理をやるので、私も、まがりなりにも「天体物理学者」と呼ばれることもあります・・・

マダム:そうだったの?(笑)

梅本:でも、本物の物理学者に言わせると、「高校の物理」って言われてしまいますけどね。(爆笑)そういう天文学者ですが、その中には2種類あります。難しい数学を駆使したりコンピューターのシミュレーションで計算したりする「理論天文学者」と、私のように望遠鏡を使って色々な天体を観測する「観測天文学者」です。私の場合は、野辺山45m電波望遠鏡を使って「観測」をしている「電波天文学者」ということになります。

マダム:「理論屋さん」とか「実験屋さん」とか「観測屋さん」とか、言われますね。なかでも特に、主人のような観測天文学者というのは、先ほどテーマにも書きましたが、けっこう命がけの仕事だ、ということがわかってきました。私は主人が観測地へ行くたびに、出張の用意をするんですけれど、ハワイに行くときも真冬のダウンを詰め込んだりします。もちろん、ハワイと言っても行くのは海ではなくて、標高4200mのマウナケアの上なので、真冬の支度をして行きます。冬は観測のベストシーズンということなので、冬の間あちこちへ出かけて行きますが、けっこう心配なところに行くこともあります。天文学者は頭脳労働だと思っていたのですが、実はけっこう「ガテン」系ですよ。観測天文学者の求人広告を出すなら「ガテン」がオススメではないかと・・・(笑)かなり体力を使うと思います。観測中のスケジュールはけっこうハードですし、勤務時間が9時から5時と一応決まってはいるらしいんですが、時間の縛りがあってないようなものですし、例えば頭の中で論文の構想を練りながら家でゴロンと寝転んでいたとしても、それは寝ているんではなくて仕事をしているんですよね。

梅本:けっこう家でゴロゴロしている、って言われますけどね・・・(笑)

マダム:仕事だ、って言われてしまうとね・・・(笑)観測地がとにかく、標高の高〜い山の上ですとか、人里離れた山の中ですとか、携帯電話のアンテナも立たないところへ行かなければならなかったりするので、家族としては心配になることもあります。




○○○が異常に多い!

マダム:(梅本氏を見て)マウナケアにも行きましたよね?

梅本:何度かありますけれど・・・皆さんの中で、すばる望遠鏡がある所に行ったことのある方は、いらっしゃいますか?(参加者から複数、手があがる)あっ!けっこういらっしゃいますね!!スゴイ〜!!なんて濃い集団なんだろう?(笑)この写真は同じマウナケアの山頂にある、すばるではなくて、「ミリメーターバレー」にあるカリフォルニア工科大学の電波望遠鏡で観測した時の写真なんですが・・・顔がパンパンに腫れているのがわかると思います(写真A)コレ、太っているからじゃないんですよ。(笑)さて、どうして顔がパンパンになっているのでしょう?

マダム:なぜだか、わかる人〜?

渡部:はぁい!(笑)
(会場から「二日酔い!」の声:爆笑)

梅本:二日酔いじゃありません。(笑)実は、酸素不足で顔がむくんでしまっているからなんです。マウナケア山頂は4200mで富士山よりずっと高いので、高山病みたいな状態になってしまいます。頭は朦朧、胸はムカムカ、意識もボーッとして・・・。でも、せっかくハワイまで来て観測できないのはもっと辛いです!観測時間は命と同じくらい、私たちにとっては大切なものなんです。

マダム:でも、高山病ってことは・・・恐ろしいですよね?

梅本:ハワイに行った方、特に観測で行った方は2800mのところで最低一泊してから上に上がることが義務づけられています。それから、4200mに上がるのも、確か、時間が限られています。ある時間以上4200mのところにいてはいけないって決められているんですよね。今日、皆さん、こうやってお酒を飲んでますけれど、マウナケアの山頂ではお酒厳禁です。ホントに命が危険ですから。

マダム:マウナケアは4200mですけれども、南米チリに建設されているALMAは、ほぼ5000mですよね。5000m近いと、そこへ行かれる人も限られてくるそうです。観測で行っている方の中には、腕立て伏せが平気で200回くらいできてしまう人とかもいて(へぇーという声)、常に頭だけではなく体も鍛えていないと務まらないんでしょうか。(爆笑)ALMAが建設されているところの写真も持って来たんですが・・・こういうところです。(写真B)

梅本:草木も生えていませんね・・・

マダム:この過酷な場所で確認できる生物は・・・見てください!天文学者だけです。(会場大爆笑)

梅本:でも、こういう場所でも人間の体っていうのは、順応しちゃうんですよね。

マダム:主人も毎年、人間ドックに行っているんですが、検査を受けたら面白いことがわかったんですよね。

梅本:ハイ・・・

マダム:せっかくですから、クイズにしてみました。主人の体の「あるもの」が、全国平均を遥かに上回っていて、「異常に多い」と言われました。さて、それは次のうちのどれでしょう?1番「脳細胞が異常に多い」、2番「赤血球が異常に多い」、3番「体脂肪が異常に多い」。(笑)はい、1番だと思う人?2番だと思う人?(7割くらいが手を挙げる)、3番だと思う人?(渡部助教授が3番に手を挙げ、参加者から笑いが起きる。)はい、では正解は?

梅本:もちろん、2番で赤血球が異常に多い、です。人間ドックの後で、お医者さんに結果を説明してもらう時に「赤血球に異常な値が出ていますね。」と言われまして、でも住所の欄を見て「あ、野辺山ですか。野辺山だったらしかたがないですね〜」と。(笑) 野辺山の標高は1350mで、気圧がこの地上の8割くらいです。ピンと来ないかもしれませんが、台風の目の中心よりも気圧が低いんです。860ヘクトパスカルくらいです。

マダム:野辺山の空気をペットボトルに入れて持ってきました。(写真C)

(気圧でベコッとつぶれた500mlのペットボトルをマダムが見せる・・・参加者から、「こんなになっちゃうんだ〜」の声)

梅本:野辺山でもこれくらい、気圧が違うんですね。

マダム:ALMAだともう、ぺちゃんこになってしまいますよね?



酸素不足で・・・
(写真A)

(写真B)↑クリックで拡大

↑クリックで拡大

気圧でぺしゃんこのペットボトル(写真C)

天文学者は命をかける

マダム:ガテンな仕事はまだあります。主人は臼田の観測局にも時々出かけて行きます。JAXAの電波天文衛星「はるか」のプロジェクトに参加していたからです。これもいろいろと思い出のある衛星なんですけれども、「はるか」の運用をするために、臼田の観測局に行っていました。臼田観測局は野辺山から比較的近いのですが、幹線道路から・・・車で50分くらいですかね?・・・ひたすらひたすら、山道を登って行くところにあって、冬になって、夜、観測中に雪が降ってしまったとしても、雪かきの除雪車も来ないんですよね。しかも道路は日陰。家に帰るだけでも一苦労です。それに携帯電話も通じない。万が一の時のために、うちでは車の中に、いつ遭難しても大丈夫な装備を積んでいます。(えー、という声)

梅本:まじめな話。雪かき用のスコップと、ダウンジャケットと皮手袋を、常に車の中に積んでいます。車はもちろん4WDです。

マダム:そういう寂しいところで、誰もいない真夜中に、たった一人で運用しなければならないこともあります。そうなるともう、自分の身は自分で守るしか手立てはないんですが、まぁ科学者ですから、理性的に判断して帰ってきてくれるだろうと、うちでは安心していますけれども・・・。あとは、野辺山でもけっこう大変な目に遭っていますよね?

梅本:「マダム日記」にも書いてあったかもしれませんが、明け方観測が終わった後に、当時はまだ車を持っていなかったので歩いて宿舎に帰ろうとしたんです。すごい風で、積もっていた雪がその風で吹き上がってホワイトアウト状態になって、宿舎までたった800mしかないんですけれど、その中で遭難しそうになったことがありました。

マダム:野辺山の最低気温って、どのくらいになると思いますか?

(参加者の中から、マイナス10度?・・・15度?という声が起きる)

梅本:ついこの間、マイナス26度を観測しました。

(参加者一同、「えぇ〜っ!!」)

梅本:暖冬だと言われていますけれども、それでもマイナス26度です。

マダム:ちょうど観測明けの時でしたっけ。マイナス20度くらいになると、けっこう・・・息をするのも苦しいですよね?肺が痛くなります。迎えに行ってあげればいいんですけれどね・・・?私は眠ってる時間帯なんで (笑) 
こんなふうに家族として身近に接するうちに、天文学者というのは意外にも、命がけの仕事であるという姿が見えてきました。と、いうことで、今日のタイトルを「天文学者は命をかける」としました。これは、決して自分の身が危険にさらされるから命をかける、というだけではなくて、観測天文学者でなくても、理論の方でも、実験の方でも、それぞれに命がけで追っていらっしゃるものがあると思うんです。それを求めて観測天文学者の場合には、ときには身の危険を冒してまで危険な観測地へと赴くわけですが、私がたいへん興味があるのは、そこまでして、いったい何が天文学者を衝き動かすのか、ということです。今日はその点をぜひ、主人に聞いてみたいと思います。

梅本:観測天文学者としてはですね・・・。これまで誰も見ることができなかったものを、初めて見ることができるということ、それから、これまで誰も知ることができなかったこと、謎を解くことができなかったことが、明らかになる、その瞬間というのが、研究をする上での最も大きな喜びです。その気持ちが、本当に命をかけてまで、例えば標高5000mのサイトまで行く、という原動力になっているのだと思います。

梅本・マダム:今日は本当に、ありがとうございました。(拍手)

小野:ありがとうございました。最後、良いまとめをしていただきまして・・・観測天文学者の魂を語って頂きました。

臼田アンテナ

はるか3万キロの図



質問タイム

小野:それでは、質問カードでご質問をお受けしたいと思います。まずは、梅本智文さんに質問です。「最も興味のある天体は何ですか?」

梅本:オリオン大星雲ですかね。私は「星がどのようにして生まれるのか」ということを電波望遠鏡を使って研究しているんですけれども、オリオン大星雲というのは、星の生まれているところを研究するには最も大事な天体です。今日は天気悪いですが、晴れていれば、ちょうど今、オリオン座がよく見えていると思います。

小野:お2人に質問です。「天文学的に、最も思い出に残っているできごとは何ですか?」

マダム:私は・・・「M-Vロケット1号機の打ち上げ」ですね。M-Vロケット1号機で、主人が運用メンバーだった電波天文衛星「はるか」を打ち上げたんですけれども、そのロケットの打ち上げが成功するまでプロポーズをしてもらえなかったんですね。(爆笑)ですから、「これがもし、成功しなかったら結婚できないかもしれない」と、固唾を呑んで見守っていました。(あっはっはっはっはー、と大爆笑:渡部)

小野:もちろん、順調に成功したわけですね。

マダム:(頷く。場内、笑いがなかなか収まらず。)

小野:梅本真由美さんへのご質問です。「天文学者とご結婚されて、一番驚いたのはどういうことですか?」

マダム:驚いたことは、頭脳労働だと思っていたのが、意外にも肉体的にハードなお仕事だったということですね。

梅本:肉体的にも・・・(笑)

マダム:あ、そうですね。決してどちらか一方というわけではなくて、頭脳と両方必要、ということですが。

小野:次の質問です。「だんな様は家では、何をして過ごしていらっしゃるのですか?天文学者らしさを出されているのでしょうか?」

マダム:(梅本氏に)いいですか〜?言っても。(笑)

梅本:(ヒヤヒヤしながら)マダムのホームページに書いてあるよね?

マダム:今日は子どもたちが来ているので・・・(子どもに)パパはいつもお家で何をしているかな?

渡部:お嬢ちゃんたち、正直に答えたほうがいいよ〜?(笑)

お嬢さん:パソコン打ったり、ゴロゴロしたりしています・・・

マダム:家に帰ってくると、まず天文の話はしないですね。たまに夜通し飲んだり(!)するときには仕事の話も聞いたりするんですけれども、専門的なことは聞いても私、わからないですし、一緒にお酒を飲むくらいしかできないんですけど、家ではとにかく寛いで、ゴロゴロしていますよ。あと、意外なことに、もっ・・・のすごく、くだらないバラエティ番組を見るんですよね。(笑)

梅本:(笑いながら、ハンカチでひたすら汗を拭く)

マダム:なんでこんなにくだらないのを見るんだろうと思うんですが、夫だけじゃなかったんですよ!他の、ものすごく頭脳労働なさっている、コンピューティングの設計なさっている方が、同じだったんですね。その方に聞いたところによると、日頃はものすごく頭を使って疲れるので、とにかく、信じられないくらいばかばかしいものを見て寛ぎたいんだ、とおっしゃっていました。(笑)

小野:ちなみにどういう番組を・・・?

梅本:あの・・・○○○○(※伏せ字にしておきます)を・・・あ、知ってます?NHKでやっていたやつです。

小野:あまり寛げるタイプの番組には、私には思えないんですけれども・・・

梅本:「ミスタービーン」とかと同系統のやつですね。

小野:はい・・・では最後にもう1つ。「天文台マダム日記に出ていた梅本先生の『数学は自然と会話するための言葉なんだよ』という言葉に感動しました。この言葉に関する思いをそれぞれ、お聞かせください。」

マダム:私も感動しました!!ものすごく感動しました。それで、その言葉を聞いた時に、あぁもっと早く、中学生くらいの時に、この言葉に出会っていれば、こんなにも数学嫌いにならずに済んだのにな〜と・・・(笑)。

梅本:この言葉は、学生時代に家庭教師をしていた時に、教え子に言った言葉なんですが、自分自身、もともとは星が好きで、いわゆるアマチュアあがりで・・・でも天文学者になろうと思ったときに、星を見るだけでは天文学者になれない、数学や物理をきちんとやらないと天文学者にはなれないんだということに気がつきました。その気持ちが、こういう言葉になった、ということです。

(梅本氏の穏やかな語りに、場内しみじみとした雰囲気になる。)

小野:どうもありがとうございました。お二人にあらためて拍手をお願いいたします。(拍手)


オリオン大星雲
↑クリックで拡大

質問タイム

星のネーミングもオシャレ心のこもったお料理です

おいしいお料理と天文仲間

2007-2-17